2009年11月 2日
大江健三郎、芥川賞作家として
デビューの翌1958年、長編小説『芽むしり仔うち』を発表。同年、「飼育」で第39回芥川賞を23歳で受賞。1956年の石原慎
太郎に続き当時最年少での受賞となった。選考委員の川端康成は、「芥川龍之介と大江健三郎では時代も、才質も作風も違
うが、23、4の学生が、異常な題材を小説に仕上げた点を芥川と似通ったものと解釈し、芥川龍之介の名前を冠した賞に加
えたいと思った」とした。一方、舟橋聖一は前回の芥川賞の選考に異議を唱える立場から、「飼育」よりも「死者の奢り」
にこそ賞を出したかったという選評を行っている。
また、同1958年に、石原慎太郎、江藤淳、谷川俊太郎、寺山修司、浅利慶太、永六輔、黛敏郎、福田善之ら若手文化人らと
「若い日本の会」を結成し、60年安保に反対。
1959年、東大卒業。卒業論文は「サルトルの小説におけるイメージについて」。同年書き下ろし長編『われらの時代』刊行
。この作品から性的な主題を全面に押し出すようになる。またこの年に武満徹と知り合う。翌1960年、伊丹ゆかり(伊丹十
三の妹)と結婚。
1961年、浅沼稲次郎暗殺事件に触発され『セヴンティーン』とその第二部『政治少年死す』を発表。犯人の山口二矢をモデ
ルとして描くが、この作品に対し右翼団体によって文藝春秋等に脅迫が行われた。このため『政治少年死す』は単行本に収
められていないが、鹿砦社の『スキャンダル大戦争2』に、著者の許可なく収録されている。
1963年、長男の光誕生。頭蓋骨異常のため知的障害を持つ子供として生まれる。「障害を持つ子」の誕生は、戦後社会に希
望を持てない青年を描いてきた作家にとって転機となった。1964年、『個人的な体験』で第11回新潮社文学賞受賞。知的障
害をもって生まれた子供の死を願う父親が、想像力によって悲劇を乗り越えるに至るまでを描いた作品であり、「想像力」
は以後大江作品のキーワードの一つとなる。同年、広島に何度も訪れた体験や世界原水爆禁止大会に参加した体験を元にル
ポルタージュ「ヒロシマ・ノート」の連載を開始。これ以降の大江は、障害を持つ子供という「個人的な体験」と、広島の
被爆という「人類固有の悲劇」を自身の主題として深めていく。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
なんと映画監督伊丹十三は義兄にあたるようです。すごいですね。
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